時代を映したポップスの匠たち  vol. 23

Column

井上陽水の「傘がない」が画期的だった理由

井上陽水の「傘がない」が画期的だった理由

はじめてロンドンに行ったとき、よく雨が降った。街で雨にあうと、持参の折りたたみ傘を使った。しかし周りの通行人には傘をさす人が意外に少なかった。映画のイギリス人が傘をささないのは、映画だから気取っているんだろうと思っていたが、演出でも何でもなく、ごく普通の光景だったのだ。

傘をさす人が少ないのは、一つには、空気が日本より乾燥しているからだ。少々雨に濡れても、室内に入ってしばらくすると、簡単に乾く。だったらいちいち傘を使って荷物を増やすこともないか。でも日本では総じて湿度が高いので、雨に濡れたままいると、べたべた感が続いて気持ちが悪い。ロンドンでは井上陽水の「傘がない」のような歌は生まれにくいだろうなと思った。

「傘がない」は1972年5月の彼のデビュー・アルバム『断絶』の収録曲で、7月にシングル盤が発売された。今日は恋人の住む町に行く日なのに雨が降っている。しかし困ったことには傘がない。新聞やテレビでは深刻なニュースが報じられている。だけどぼくの目下の関心は、雨なのに傘がないことのほうだ。というような歌である。

それだけだったら、社会の出来事に無関心な主人公の歌という解釈で一件落着だ。しかしこの歌には、君のことしか考えられないのはいいことだろう?という一節が出てくる。本当に社会に無関心な人だったら、わざわざそんなことは問いかけない。ということは、社会に無関心でいる自分に、主人公が何かしら居心地の悪さを感じているということでもある。

この歌が世に出た1972年は、どういう年だったのか。1970年の安保闘争を境に、60年代に盛り上がった政治運動は退潮に向かい、若者たちの関心は身の回りの個人的な出来事へと移りつつあった。理想を掲げた学生運動からはじまったはずの連合赤軍内のリンチ殺人事件が判明したのが1972年の3月。そのニュースは若者たちの心理に決定的な影響を及ぼした。

60年代後半にベトナム反戦運動や人種差別反対運動など、ヨーロッパやアメリカの学生たちの間で盛り上がった運動もよく似た経過をたどっていた。平和を願うヒッピーの若者が花を掲げて「カム・トゥゲザー」と叫んだ運動は、出世をめざす70年代の若いビジネスマンであるヤッピーの「ミーイズム」の風潮にとってかわられつつあった。

ほんらい、政治への関心のあるなしにかかわらず、人は社会や政治の動きと無縁で生きていけるわけではない。たとえば恋愛感情を描いた歌謡曲が、反戦や反政府と何の関係もないのに、検閲で発売中止にされたのは軍国主義が幅をきかせた1940年代のことだった。愛や自由や平和を願ったロックが運動にかかわる人々を励ます一方、商品として消費され、忘れられていったのは1960年代の後半だった。「傘がない」の主人公の宙ぶらりんな気持ちは、どこかで過去のそんな事実ともつながっていた。

歌謡曲の歌詞の中での傘の使われ方に関して、作詞家の阿久悠が『歌謡曲春夏秋冬』の中で興味深い考察をしている。人前で男女が肩を並べて歩くことが「はしたない」「めめしい」とされた戦前は、相合傘は世間の目から隠れてさすものだった。あるいは道ならぬ恋に走る人がさすものだった。とはいっても、現実にはかなわぬことなので、人々は芝居や歌の中の相合傘にその思いを託した。

戦争に敗れると、米軍の占領がはじまり、アメリカ文化が洪水のように押し寄せてきた。女性の参政権が認められ、街には髪の毛を染めて米兵の腕にぶら下がる露出度の高い女性たちが出現した。そんな時代には傘に託されたイメージも変わった。

『銀座カンカン娘』という1949年の映画がある。ヒロインは、歌のアルバイトで家計を助けるいたって良識的なお嬢さんだが、モンペ姿を強いられた戦争中の女性たちからすると、彼女はまぎれもなく新時代の女性だった。高峰秀子がうたう主題歌のヒロインは傘もささずに雨にうたれる陽気な娘だ。その身振りには明らかにアメリカ文化の影響があった。

橋幸夫の「雨の中の二人」で相合傘をさす二人は、そのままどこまでも歩き続けたいと願っている。1960年代には相合傘は、もう誰にもとがめられないものだった。とはいえ、そんな二人を冷やかす風潮はその後もしばらく残り続けた。

「傘がない」の少し前のヒット曲「雨の御堂筋」では、心変わりした恋人を探す女性が雨に濡れて歩いている。ここでの雨は涙なのか、それともみそぎの気持ちをこめているのか、いずれにせよ、傘をささないことでヒロインの悲しみが強調されている。

歌謡曲では、傘は(あるなしにかかわらず)抒情性の小道具であることが多かった。しかし「傘がない」は、「銀座カンカン娘」同様、そうした情緒と切り離されたところで成立している。傘がないので行かなかったら、恋人は怒ったり、寂しく思ったりするかもしれないが、恋愛は傘のあるなしと関係のないところですでに成立している。ここでの傘はむしろ社会問題に関心をむけさせるための装置だ。そんな傘の使い方をした人は誰もいなかった。その後もいない。

彼は『媚売る作家』という本で、この曲の原型として、雨の中で行なわれたグランド・ファンク・レイルロードの後楽園球場のコンサートと彼らのヒット曲「ハート・ブレイカー」、新聞の記事を引用して作られたビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」の2曲をあげている。しかし「傘がない」という設定が頭に浮かんできたのは、どうしてなのか不思議だとも語っている。

これは作り手の計算や意識をこえたところで、歌が時代の空気をとらえることもあるということだろう。聞き手の勝手な連想としては、「つめたい雨が」という歌詞から、キューバ危機のときに作られたボブ・ディランの「今日も冷たい雨が」もぼくは思い浮かべてしまう。黙示録のようなこの曲の現在の邦題は「激しい雨が降る」と、原題に忠実なほうに改題されているのだが。

文 / 北中正和

「傘がない」(アルバム『弾き語りパッション』より)

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