山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 16

Column

ダニエル・ラノワ/音響と情熱の魔術師

ダニエル・ラノワ/音響と情熱の魔術師

HEATWAVE山口洋がこれまで出会ったミュージシャン、R&Rの魔法について書き下ろす好評連載。
独自のサウンドを創り出すために必要な自由な発想と冒険心。偉大なアーティストたちのプロデューサーとしてもその手腕を発揮してきた音響の魔術師、ダニエル・ラノワについて。


その魔法のような音楽に触れたのは1989年。当時DJをやらせてもらっていたFM福岡の試聴室でのことだった。聴いたのは名曲「The Maker」。今までに体験したことのない音響世界が狭いブースに拡がっていく。その“耳の触感=タッチ”は僕が表現できずに悶々としていたサウンドそのもので、まるで成層圏を漂っているかのようだった。残響と人間によるグルーヴが見事なまでに融合していた。

僕はデジタル・リヴァーブに代表される人工的な残響が嫌いだった。本能的にと云ってもいい。日本の多くのスタジオは多様な音楽に対応するため、吸音材によってデッド(響かないよう)に造られている。デッドに録音されたものに残響を付け加えるため、デジタル・リヴァーブが使われる。僕はそのことが理解できすにいた(今もだけれど)。思うに、響きは音楽そのもの。演奏された音が空間に響き、そして減衰していくことに、儚さと美しさを感じているのに、わざわざそれを殺す意味が理解できなかった。音楽家に個性が必要なように、スタジオにだってそれがあっていいと僕は今も思っている。

メジャー・デビュー盤を録音するため、レコード会社が用意してくれた“最高級スタジオ”でデモを録音してみたが、そのサウンドが好きになれなかった。世界中から集められた最高の機材だから、もちろん音はいい。けれど、響きがない。仕方がないから、人工的に響きを付け加えなければならない。

簡単な話だ。響きが欲しければ、広い部屋を探し、そこで演奏し、音源からマイクを遠ざければいいだけだ。そうすれば、録音される音は遠くなる。空間がレコーダーに記録される。人は遠くの音を心地よく感じるのだ。ダニエル・ラノワが云う通り、遠くの音には差し迫った危険がないからだ。

僕はレコード会社の勧めを押しきって、故郷の福岡にあった友人のスタジオでデビュー盤を録音することに決めた。貧弱な機材だが、情熱はあった。天井が7メートルあって、よく響いた。あとは響きをコントロールするだけだ。曲にフィットする響きを得るために、どこに楽器を設置し、どこにマイクを立てればいいのか。それを探すのは愉しかったし、誰かと同じ音を出すくらいなら死んだ方がマシだと思っていた。

その決断の後押しをしてくれたのが、ダニエル・ラノワの音楽だった。彼独自のサウンドは、徹底的な音響への探究心、比類のない情熱、そして過去の音楽への敬意に満ちていた。アーティストは革新的に確信を持つべきで、己の直感を信じ、道のないところに道を創るのが仕事だと、その音楽は僕に説いた。

ピーター・ガブリエルのスタジオを訪ねたとき、スタジオの下に川が流れていることに驚いた。誰も(敢えて)川の上にスタジオを建設しないだろう。ペンタゴン型の大きなスタジオには一切のブース(仕切られた空間)がなく、ミキシングコンソールは部屋の中央に鎮座し、ミュージシャンはコンソールを取り囲むように配置されていた。演奏しているとき、レコーディング・エンジニアは生音をダイレクトに聞くことしかできない。スピーカーから音を出せないのだ。つまり、録音後に、体感した生音の世界をLとRのスピーカーから再生させること=その空間の響きを再現することがエンジニアの仕事なのだった。独自の音楽を創るには、自由な発想と、冒険心が必要なのだ。

「The Maker」を聞いたのと同じころ、飛行機の中で、U2の「I Still Haven’t Found What I’m Looking For」を聞いた。機内で配られるヘッドフォンのクオリティーはヒドイものだ。それでもその音響は素晴らしかった。機外の風景が滲んで見えるほどに。

後に僕も訪ねることになるのだが、その曲はアイルランドのスレーン城で録音され、イーノと共にプロデュースを担当したダニエル・ラノワがスネアドラムを叩きながら、城の中で、一番いい響きを探して録音された。歴史ある空間、そして探究心と情熱が作りだした響き。それが世界中の人々を励ましていることが訳もなく誇らしかった。

「I Still Haven’t Found What I’m Looking For(探しているものはまだ見つかっていない)」。あのサウンドに乗って歌われるとき、ひときわ言葉が胸に響く。

ボブ・ディラン、エミルー・ハリス、ネヴィル・ブラザーズ、ウィリー・ネルソン、ニール・ヤング、U2、ピーター・ガブリエル、ロビー・ロバートソン、クリス・ウィートリー、エトセトラ、エトセトラ。ダニエル・ラノワはその手腕を偉大なアーティスト達のプロデューサーとしても発揮してきた。

彼が関わったどのアルバムを聞いても、信念こそが彼にとって、もっとも重要なファクターだと云うことが分かるだろう。もし、興味を持ったら、彼のウェブ・サイトにアクセスしてみて欲しい。“響き”に関する新しい体験があなたを待っている。ソロの作品はどれも素晴らしいけれど、近年の作品(アナログ盤も含む)は彼のサイトから直接買うこともできる。

慣習から自由であること。道なき道を往くこと。揺るぎない信念を持つこと。彼はその先にある風景を描いてくれる。今も昔もこれからも。まるで灯台のように。

追記
彼のライヴ・パフォーマンスが素晴らしいことも、付け加えておきます。特に名ドラマー、ブライアン・ブレイドとの演奏は筆舌に尽くし難い。


ダニエル・ラノワ
ALBUM『Goodbye To Language』

2016年発表

ダニエル・ラノワ(Daniel Lanois):カナダ出身のミュージシャン、プロデューサー。ブライアン・イーノに師事し、共同作品『Apollo』(1983年発表)をきっかけに、U2の『Unforgettable Fire』(1984年発表)『The Joshua Tree』(1987年発表)『Achtung Baby』(1993年発表)や、ピーター・ガブリエル『SO』(1986年発表)、ボブ・ディラン『OH MERCY』(1989年発表)、エミルー・ハリス『Wrecking Ball』(1995年発表)、ニール・ヤング『LE NOISE』(2010年発表)など、数々のミュージシャンの作品を手がけ、3年連続“プロデューサー・オヴ・ジ・イヤー”を受賞した経歴を持つ。1989年に『Acadie』、1993年に『For The Beauty Of Wynona』などソロ・アルバムも発表。2016年9月には最新アルバム『Goodbye To Language』をリリース。
オフィシャルサイト 

著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

1963年、福岡県生まれ。1979年に結成したHEATWAVEのフロントマン。1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表のアルバム『1995』には、阪神・淡路大震災後に作られた「満月の夕」が収録され、多くのミュージシャン、幅広い世代に歌い継がれている。アイルランドの重鎮、ドーナル・ラニー、元モット・ザ・フープルのモーガン・フィッシャーら海外のミュージシャンとの親交も厚い。

2003年より渡辺圭一(bass)、細海魚(keyboard)
、池畑潤二(drums)と新生HEATWAVEの活動を開始。2017年5月には14作目にあたるアルバム『CARPE DIEM』をリリース。東日本大震災後に立ち上げた福島県相馬市を応援するプロジェクト“MY LIFE IS MY MESSAGE 2017”は古市コータロー、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らとともに南青山MANDALAで5日間のライブを開催。熊本地震を受けてスタートした「MY LIFE IS MY MESSAGE RADIO」(FMKエフエム熊本 毎月第4日曜日20時~)でDJも担当。7月12日からは全曲リクエストによるソロ・アコースティック・ツアー2017『YOUR SONG』をスタート。
オフィシャルサイト

ライブ情報

山口洋(HEATWAVE)solo acoustic tour 2017『YOUR SONG』
7月12日(水)大阪 南堀江 knave
7月14日(金)小倉 GALLERY SOAP
7月15日(土)広島 音楽喫茶 ヲルガン座
7月17日(月・祝)福岡 ROOMS
7月20日(木)名古屋 TOKUZO
7月21日(金)京都 coffee house 拾得
7月23日(日)長野 ネオンホール
7月26日(水)東京 STAR PINE’S CAFE
7月28日(金)仙台 Jazz Me Blues noLa
7月30日(日)千葉 Live House ANGA
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「満月の夕を福島で。」
7月9日(日)猪苗代野外音楽堂
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RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO
8月12日(土)石狩湾新港樽川ふ頭横野外特設ステージ〈北海道小樽市銭函5丁目〉
*MLIMMとして仲井戸“CHABO”麗市、宮沢和史とともに出演
詳細はこちら

50/50(山口洋と古市コータローのスペシャル・ユニット)初LIVE
9月26日(火)吉祥寺STAR PINE’S CAFE
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