Interview

渡辺美里の胸をキュンとさせた、新たな夏の名曲。その懐かしくも、清々しい魅力を訊いた

渡辺美里の胸をキュンとさせた、新たな夏の名曲。その懐かしくも、清々しい魅力を訊いた

渡辺美里にとってシングルという形では約3年ぶりとなる新曲「ボクはここに」は、桜井秀俊(真心ブラザーズ)が彼女の30年を越えるキャリアのなかで綴ってきた長い物語の中の印象的な1シーンから生み出したアナザー・ストーリーのようなナンバーだ。彼女のレパートリーの中でも数多い夏の名曲のなかに新しく加えられるであろうこの新曲に込めた思いを、美里自身に語ってもらった。

取材・文 / 兼田達矢


初めて歌うのにどこか懐かしいと思わせてくれる、その言葉の世界観が素晴らしいですよね

今回の制作はどんなふうに始まったんでしょうか。

7月8日から始まるツアーが久しぶりのホール・ツアーということもあって、要素として“ツアー”と“夏”と“始まる”ということを含めて、それにぴったりの曲を作りたいねということで動き始めました。そこで、私のなかでは“Serendipity”という言葉をアルバムのタイトルにしたくらい、偶然の出会いが次につながっていくということがよくあるんですけど、桜井(秀俊)さんとも本当に慌ただしいイベントの楽屋でご挨拶をしたことがあって、今回どなたにお願いするのがいいだろうという話をしてるときに、その挨拶したときの桜井さんの顔がすごく浮かんできて、それでスタッフに「桜井さんって、どうかな?」と提案したんです。そしたらスタッフもすごく乗ってきて、それで桜井さんのところに話を持って行ったら、快く引き受けてくださったということなんですよ。

桜井さんの作る楽曲の魅力はどんなものだと感じていますか。

言葉の持ち味がいいんじゃないかなっていう。実際に上がってきたものが、私としては歌ったことがないタイプの楽曲だったんですけど、でも“この香り、知ってる!”と思う、どこか懐かしい香りを街中で突然嗅いだような、胸を締めつけられるような思いになる曲で。しかも私の曲のなかでは「夏が来た!」とか「すき」みたいに、これが始まったら夏!というようなイメージが湧く曲の流れを汲んでいて、例えば♪「夏祭りには帰ってこいよ」/暑中見舞いの絵はがきにはたった二行のきみの言葉♪という「夏が来た!」の登場人物の10年後、15年後のように思えたんです。この曲の人たち、知ってるって(笑)。だから、最初に「夏が来た!」という曲を聴いてもらった頃にいっしょに青春時代を過ごしていた人たちの、それぞれの今が見えるような気がしたし、“桜井さんと私は幼馴染だっけ?”と思うような(笑)、そんな曲で、本当に桜井さんにお願いして良かったなと思いました。

僕も、まさに「どこか懐かしい香りを街中で突然嗅いだような」というような感覚がありました。

初めて歌うのにどこか懐かしいと思わせてくれる、その言葉の世界観が素晴らしいですよね。そういう言葉のチョイスというのは、その人の人となりとかセンスがすごく表れるものだから。それにこの曲には、“歌ったことない感じの曲で、かっこいいな”というふうに歌ってみたいと思わせる部分と、なぜかわからないけどキュンとさせられる感じというのと、そこになんとも説明しがたい公約数的な部分があるんです。

未知のときめきと旧知の心安さと、その両方がある、と?

そうそう。主人公が着てるクタッとしたシャツまで見えるような…、そのイメージは桜井さんにも重なるところがあるのかもしれないですが(笑)、きっと私のことをイメージして書いてくださったであろう世界が最もいい形で出来上がったんじゃないかと思って、驚きの声をあげたのと同時に、心の中になんとも言えない感情が込み上げてきて鼻の奥がツンとなるのをこらえる必死だったんですよ。初めて聴いたときには、出かけた先で聴いてたものですから。すごく私のことを知ってるなという感じが衝撃的でしたし、年に何度も味わえるようなものではない、例えば映画「ニューシネマ・パラダイス」を観たときのような、“あの日のあの人と”いうふうにはっきりと指し示せるわけではないんだけどなぜか胸の奥がキュンとする、そういう感じを久しぶりに味わわせてもらった曲です。

♪この街のやさしさと幸せを手放して生きられずに♪というフレーズは、つねに自分のなかにある思いと共通する部分があったんですよ

以前から“いい曲を書く人だ”と認識していた桜井さんに、どのタイミングで曲を依頼するかというのは、何かピンとくるのを待って依頼するということなんでしょうか。

あるイベントでご挨拶したというのがひとつの巡り合わせだったと思うし、そういうこともあって“今だな”というふうに、自分のなかで思ったんだと思います。

その結果、美里さん自身もキュンとさせられるような曲があがってきたわけですが、美里さんのなかには自分の直感に素直に従っていると、そういう良い結果が得られるという経験則みたいなものがあるんでしょうか。

ウ〜ン…、そう言っていただくのはちょっとこそばゆいですけど、そういうこともあるのかもしれません。ただ、今回のこの楽曲について言えば、一番のポイントは桜井さんがクリエイターとして何を求められているのかということを的確に捉えて、いい曲を作ってくださったということだと思います。まずソングライターとしての桜井さんの能力が素晴らしくて、その上で私が経験してきたことや発信してきたものを桜井さんなりにキャッチしてくださって、それが桜井さんのセンスとうまくハモったということなんだと思いますね。

確かに、桜井さんは美里さんがいろんな楽曲を発表するなかで積み重ねてきたストーリーを踏まえて曲作りを進めたんだろうと僕も思うんですが、そういうふうに自分が物語ってきたストーリーを踏まえた楽曲を第三者から差し出されたことについてはどんなふうに感じましたか。

一昨年、47都道府県全県ツアーで53カ所をまわったときに感じていたことなんですが、私にとっては30周年のツアーだったそのツアーに、「初めて美里さんのライブを見ました」という方がものすごくたくさんいらっしゃったんです。私としては、30年休まずにほぼ毎年ツアーをやって、オリジナル・アルバムのツアーだけじゃなく、いろんな形でやってきたつもりではあったんですが、それでも初めてライブに来てくださった方がたくさんいたということを考えると、年中旅をしている私のような人間とは違って、自分の街で家族や仲間と暮らし、仕事をしていらっしゃる方がそれだけたくさんいらっしゃるということなんだろうと思ったんです。それは、旅をしないとか出かけないということではなくて、“ここに生きてる”ということをしっかり感じながら暮らしているということですよね。私はじっとしていられない性格だから(笑)、3日も同じところにいるとすぐにどこかに出かけたくなっちゃうんですけど…。

(笑)、この業界にはそういう人が少なくないかもしれないですね。

でも、一昨年のツアーに初めて来てくださった人たちは、その街で大切なものを思って日々過ごしていらっしゃる人たちだと思うんです。ただ、そのなかにはどこかに置き忘れた夢がある人たちというのがきっといるはずだと思った時に、その人たちの思いを何かの形で曲にできないかなということはずっと思っていました。そのことを桜井さんにお伝えしたわけではないんですが、「渡辺美里のシングルで、夏のイメージで」という依頼に対して、こういうストーリーを返してくださったのは、彼自身もこういう人たちのことを意識しながら活動されてきたんだろうし、それをこういう形に仕立て上げられるのはクリエイターならではの感性だと思うんです。今回のツアーで行ける場所はスケジュール的にも限られているので、遠くで“ああ、今年は美里は来ないのか”と思ってる人も含めて、“僕はここに”という思いをみなさんが波動として感じてくれるんじゃないかなあという気がしています。

美里さんの歌を聴くと、すごく実感的に主人公の心情が伝わってくるんですが、でも主人公は男性で美里さんは女性で、しかもじっとしていられない性格だとすると(笑)、そういう美里さんは♪この街のやさしさと幸せを手放して生きられずに♪という選択をする主人公に対してどういう思いを持って歌われたんですか。

私自身は移動する生活、ボヘミアンのような生活をしていますけれども、30年やっていてまだ叶えられていないこと、達成できていないことのほうが多くて、“まだこんなところで…”というふうに自分自身の思いを断ち切れなかったり、諦められないという思いを抱いてやってることもけっこうあるんです。だから、移動することで、転地療養じゃないですけど(笑)、そういうモヤモヤを解消しているところもあって、そういうなかで旅をすると、“私がこの街で生まれ育ったら、どんな人になってるかな?”ということをよく妄想するんです。そういうなかで「ここで暮らしてる」という人たちに共通する思いは自分のなかにもあるなと思ったんですよ。つまり、♪この街のやさしさと幸せを手放して生きられずに♪というフレーズは、つねに自分のなかにある思いと共通する部分があったんですよね。

ずっとロックで生きてきた人を中心にして新しく音作りをしていくのを私自身もすごく楽しみに思っています

この曲の歌詞だけを読むと、個人的には「木綿のハンカチーフ」の男女の設定が逆になったような歌だなと思ったんですが…。

なるほど。じゃあ、この場合は女性のほうが“都会の絵の具”に染まっちゃったということでしょうかね(笑)。

(笑)、そういうことになるかもしれません。で、美里さんの音楽は「男だから」「女だから」ということよりも、人としてどう感じるか?とか、20代の若者はどういう葛藤を抱えているか?とか、そういう性別に関わりのないテーマで印象的なメッセージをずっと届けてきてくれたように感じているんですが、この「ボクはここに」については主人公が男性であることがポイントになっているように感じました。

確かに、“私は女だからこう歌いたい”というようなことを思ったことはあまりないかもしれないです。私は、デビュー曲「I’m Free」で例えば♪君を愛したことがまちがっていることなら/僕はもうこれ以上正しくなくてもいい♪という歌詞をまったく違和感なく歌える、まさに“I’m Free”な感覚だったし、1st アルバム『eyes』の中の曲もラブソングであっても人生に関する歌であっても、わりと男女兼用というか…(笑)。

ジェンダーフリーということでしょうね。

そんな強い思いを掲げて歌ってきたという意識はないですが、性別にはあまりとらわれてこなかったと思います。もっと女性ということに意識が偏っていたら、また違う世界が開けていたかもしれないですね。

とすると、この「ボクはここに」でも“ボク”という男性への共感というよりも、やはり自分の愛すべき場所を大切に生きている人への共感ということなんでしょうね。

そういうこともありますし、加えて私自身は歌を歌いたいという10歳の頃から思い描いていた夢を追いかけてここまで来て、いろんなことを乗り越えたりしながら“私は今、ここにいるんだ”という思いがあったんだと思います。今の自分の心にフィットする歌を届けることができるというのが自分の存在証明みたいなことだと思うし、そういうことをこれからも続けていきたいと思うんです。私の年齢の女性であれば、普通は結婚し、母になり、もしかしたら早い人は孫がいるという人もいるかもしれないですが、でも私にとっての“普通”は私のこの生き方なんです。女性として子供を持たないという生き方を選択している人もたくさんいるし、仕事をすることによって自分自身というものを取り戻せている人もたくさんいると思うので、そこで「私はここよ」という言葉を使うより「ボクはここに」という言い方のほうが私自身しっくりくるというところがあるんだと思いますね。

この曲のアレンジは、本間昭光さんが担当されています。本間さんは『オーディナリー・ライフ』に入っている「ここから」という曲のアレンジも担当されていますが、美里さんは以前そのアレンジを「なんて上品で、豊かな音作りをする人なんだ」と形容されましたが、この曲もまさにそういうアレンジですよね。

聴いた印象ではいっぱい音が入ってるように感じるんだけど、じつは要所、要所にしか入っていなくて、それは必要なところに必要な音が入っているという、見事なアレンジだと思います。本間さんが素晴らしいなと思うのは、本当に音楽が大好きで、しかもいろんなタイプの音楽を「あれも好き、これも好き」というふうに好きなものがたくさんあって、そのなかからこの曲と渡辺美里という人のことを考えたときに何が一番素敵な形かということをみつけるのがすごく上手だなあということですね。

さて、冒頭のお話にもありましたが、このシングルのリリース直後に全国ツアーが始まります。今回のツアーについて話題のひとつはバンドが新しいということですが、どんな編成のバンドですか。

奥野(真哉)さんがキーボードでバンマス、それにもう一人キーボードが真藤敬利さん、ギターが設楽博臣さん、ドラムが松永俊弥さん、ベースが井上富雄さん、それに竹野昌邦さんという6人編成です。奥野さんがソウルフラワー・ユニオンで井上さんがルースターズという、ずっとロックで生きてきた人を中心にして新しく音作りをしていくのを私自身もすごく楽しみに思っています。特に奥野さんがバンマスということで、引っぱる人が変わると音の成り立ちも変わってきますからね。奥野さんはロックだしパンクなんだけど、音に対してより深く追求したいと思ったときに共通の言語を持っていると感じていっしょにやってみたいとすごく思ったんですよ。井上さんについてはUGUISSという佐橋さんのバンドでご一緒して、いつか自分のバンドでもやりたいと思ったのが今回実現することになったわけです。このメンバーで、いままでやったことがないこともやりたいし、“私がやりたかったのはこれ、これ”ということに出会えるような予感がしています。

楽しみですね。ありがとうございました。

その他の渡辺美里の作品はこちらへ

ライブ情報

渡辺美里 M・Generation Tour 2017

7月8日(土) 石川県/金沢市文化ホール
7月9日(日) 大阪府/NHK大阪ホール
7月14日(金) 埼玉県/三郷市文化会館

8月5日(土) 千葉県/印西市文化ホール
8月20日(日) 茨城県/取手市立市民会館
8月26日(土) 宮城県/日立システムズホール仙台(仙台市青年文化センター)
8月27日(日) 北海道/札幌 道新ホール
9月3日(日) 東京都/昭和女子大学 人見記念講堂 
9月10日(日) 福岡県/福岡国際会議場 メインホール
9月15日(金) 広島県/はつかいち文化ホール さくらぴあ
9月18日(月・祝) 栃木県/真岡市民会館
9月22日(金) 愛知県/名古屋市青少年文化センター(アートピア)
10月09日(月・祝) 埼玉県/パストラルかぞ 大ホール
10月15日(日) 茨城県/日立市民会館
10月29日(日) 群馬県/笠懸野文化ホール・パル 
11月23日(木・祝) 愛媛県/松山市民会館 中ホール

渡辺美里

1985年デビュー。翌年「My Revolution」がチャート1位となり、同年8月、女性ソロシンガーとして日本初となるスタジアム公演を西武スタジアムにて成功させる。以降20年連続公演という前人未到の記録を達成し、渡辺美里の活動の中でも代名詞的な存在となる。2005年西武スタジアムに終止符を打った翌年、2006年からは、毎年「美里祭り」と題して様々な都市でLIVEを開催。渡辺美里の活動は音楽だけにとどまらず、ラジオのパーソナリティー、ナレーション、2012年、2014年はミュージカル「アリス・イン・ワンダーランド」で不思議の国を支配する『ハートの女王』を演じるなど、様々な分野にチャレンジし続けている。そしてデビュー30周年を迎えた2015年は、19枚目のオリジナル・アルバム『オーディナリー・ライフ』を携えて、5月から47都道府県で「美里祭り」を開催。
2016年1月9日には30周年の集大成と31年目のスタートとして、横浜アリーナでの公演を大成功させる。2016年にはオーケストラとのコラボレーション・コンサート全国ツアーを開催。2017年は7月より全国ツアーを開催予定。
数多くのヒット曲と代表曲を持つ、名実ともに日本を代表する女性ヴォーカリストである。

オフィシャルサイトhttp://www.misatowatanabe.com/