Column

山口洋、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らが鳴らし続ける希望の風景。福島、熊本を照らす音楽の光

山口洋、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らが鳴らし続ける希望の風景。福島、熊本を照らす音楽の光

2011年3月11日の東日本大震災から6年あまり。人々の記憶が薄れていくなかで「忘れていいことと、そうではないこと。音楽を今夜も鳴らす」というキャッチコピーのもと開催された〈MY LIFE IS MY MESSAGE LIVE 2017〉。HEATWAVEの山口洋を中心に、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳ほか、賛同するミュージシャンたちの強い意志と情熱とともに、毎年続けられている。今年は3人に加え、古市コータロー、池畑潤二、細海魚、大宮エリーを迎えて5日間、それぞれのアプローチで被災地に向けてのエールが贈られた。今なお続く厳しい現実を前に、音楽ができることとは──。“MY LIFE IS MY MESSAGE”を続けていくこととは──。自らも福島の人々に寄り添う活動を続けているライター・村崎文香が見た光とは──。

取材・文 / 村崎文香 撮影 / 三浦麻旅子


山口洋は、福島を、私たちが生きる今を、どう見つめているのだろうか

廃墟のような
ふるさと。
無言の山河に
いくら呼びかけても、だれも応えないだろう。
目を凝らしても
ひとのこころが、見えることはないだろう。
それは
ひとが住めない土地のさだめ。
ひとは、傷みと
苦行のような日常を、自らに強いている。

(中略)

だから、ひとよ。
虚飾の舌で
優しく、希望を歌うな。
偽りの声で、声高に、愛を叫ぶな。
こころが
震えているだろう。
いまも、小刻みに、震えているだろう。

これは、あの日、福島第一原発から13kmのところにある小高商業高等学校の校長だった詩人・斎藤貢さんの詩「いのちのひかりが」(『汝は、塵なれば』思潮社刊 一部抜粋)。

あの日から6年が経った。パックリと開いた傷痕は、虚飾のコンクリートで塗り固められた。いのちを脅かす目に見えない存在は、いまなおそこにいるけれど、電光掲示板の数字はもはや日常で、ほとんど本来の意味を持たなくなってしまった。

そんな空気に抗うように、詩人は深い地下水脈から汲み上げるように言葉を紡ぐ。

福島の“後景化”。除染は人の心の中にまで及び、“なかったこと”にするためのあらゆる取り組みが政府主導で行われている。暗い側面より明るい面を、後ろよりも前を向きたい私たちは、沸き起こる疑問や怒りや哀しみを、いったん脇に置く。それが、渦中にいる小さな人々に、新たな傷をつけていることにも気づかず。

鋼のような現実を前に、小さな個人に、音楽に、できることはあるのだろうか。

あの日から表現者たちは変わった。それまでの価値観を疑い、躊躇していただろう方向性の表現活動や、社会にコミットする活動も新たに始めた。そのひとつが、マハトマ・ガンジーの名を冠した“MY LIFE IS MY MESSAGE(以下MLIMM)”だ。

活動のスタートは2011年4月と早い。福島県相馬市の人々と共にミュージシャン・山口洋は“まち”の復興のために動き始めた。核となるのは、MLIMMツアー。2011年9月から矢井田瞳が参加。2013年には仲井戸“CHABO”麗市がこの活動に共鳴し、加わった。熊本地震の発生を受け、2016年からはMLIMMラジオという音楽番組を制作、福島から熊本へ、音楽と人の想いを還流させる活動を行なっている。

震災からの月日は避難指示区域の指定を次々と解除していった。12,842人だった人口が1,100人となった南相馬市小高区では、避難指示が解かれても若い世代の帰還はほとんどない。“ふるさと”に“帰りたいけれど帰れない”人がどれほどいても、それを数字が表すことはない。2020年東京オリンピック、パラリンピックは、眩しいくらいの光で見えるものだけを照らし出し、見えないものをさらに暗闇に隠してしまった。

公的・私的なあらゆる支援も5年を目処に打ち切られていくなか、7年目となるMLIMMライブを南青山MANDALAで観た。昨年は東京キネマ倶楽部で2日間。今年は5日間。主催者であり、出演アーティストでもある山口洋は、福島を、私たちが生きる今を、どう見つめているのだろうか。

MY LIFE IS MY MESSAGE LIVE 2017

6月13日(火) 古市コータロー(THE COLLECTORS)×山口洋
6月14日(水) 池畑潤二 with 山口洋
6月15日(木) 仲井戸“CHABO”麗市×山口洋 with 細海魚
6月16日(金) 矢井田瞳×山口洋 with 細海魚
6月17日(土) 矢井田瞳 with 大宮エリー
@東京・南青山MANDALA

「7年も経つといろいろなことが忘れられていく。でも、“忘れてはいけない”ことがある」

歴史ある大人のライブハウスの壁には、朝露のついた草や蕾、夕焼けや向日葵、アヒルや鴨、水田や山々、空や雲、神社の赤い鳥居などが映し出されている。
「懐かしい」という、翻訳不可能な言葉を凝縮したような風景。
ああ、これは“ふるさと”の風景だ。

冒頭の「趣旨説明」は、毎年の約束だ。

「毎回カタい挨拶をする野球帽の山口洋です。今年7年目を迎えるMLIMMは、福島・相馬市の仲間と共に、まちの復興に取り組むプロジェクトです」

飾らず真摯に、集まった一人ひとりにこの活動の意味と目的を伝える。
6年前の3月11日、コロラドで地震・津波・原発事故を知ったこと。
自分が使った電気のために取り返しのつかないことが起こったことを知り、このままだと死ねないと思ったこと。

「7年も経つといろいろなことが忘れられていくし、それも人間が癒えていくひとつの過程ではあるけれど、でも、“忘れてはいけない”ことがある。何が正しくて何が間違っているのかはわからないけれど、一人ひとりが家に持って帰って、考え続けてほしい」

このカタい挨拶を毎日きちんとすることで、一人ひとりを6年前に連れていく。そして、考えさせる。何が変わって、何が変わっていないのか。何が“忘れてはいけないこと”なのか。

「ヒロシ、カタい! 去年よりカタかった。さっきの楽屋のムード、どうしたの?」

初日の出演者、古市コータローは登場するや、こんな挨拶で会場の空気を和らげた。黒の細身のスーツに白いシャツ、片手には白ワインが入ったグラス。さながら旧友の結婚式に招ばれたような雰囲気。「53歳になったばかりだ」と呟いて、ギブソンのアコギJ–200を抱いて歌い始める。

「どしたの? みんな。元気?」
「コータロー、カッコいい!」
「もっと言って」

ワインを飲み、煙草を薫せながら「Slide Away」など20年ぶりのソロ・アルバム『Heartbreaker』からの曲や山口冨士夫の曲を弾き語っていく。
10代、思春期にギターという武器&宝物を手に入れて以来、一度も手放すことなく、それで世界と対峙してきた少年の愛惜と情熱が零れ落ちる音。それがなかったら、テロリストになるしかなかったんじゃないかと思わせる繊細さが、胸の芯をギュウっと掴む。

「山口洋ちゃんと知り合ったのは最近なんだけどさ、なんか、わかり合えちゃうんだよね、目見ただけで」
「ごめんな、自由感ふりまいて。でも、歳とともに、自由奔放なオジサンになっていくんだよ」
「ひとりでステージにいるって、どういう気持ちかわかる? いいもんだよ。意外と最高だよ」

好きなことをやり続けることでしか生き続けることができなかったシャイな魂が、ギターのネックを這い、踊り、時に抱きすくめる左手に息衝いている。かと思えば、ワンストロークで宇宙の果てまで飛ばすことのできる右手に、時が育んだ自信と誇りがスパークする。

「Heartbreaker」から「Mountain Top」に至る後半は、集まったオーディエンスに、何度も至福の一瞬をもたらした。複雑なコードも変則的なリズムも自然で、ストイック。歌も決して先には出ない。だから、聴いている一人ひとりが自由にイメージの海を泳ぐことができる。古市を見ているようで、別の風景を見つめているような、一人ひとりの幸せそうな顔が、いくつも客席で輝いていた。

「またあとでね。楽しんでね!」と選手交代。野球帽、Tシャツ姿から黒いハット、黒いシャツに着替えた山口洋が登場。主催者からミュージシャンの顔に変わって、21年前青山に住んでいた頃書いたという「ハピネス」、そして新曲「Blind Pilot」。たった一本のギターで深い湖の底から標高3000mの山まで一気に駆け上る。古市と同様、中学生という多感な時期にギターと出会い、世界との接点を見つけた少年の自負と野望が瞬く。

1979年にHEATWAVEをつくってから「たったひとつのこと」を歌い続けてきたという山口の曲には、時空を超える鋼のスプリングのようなしなやかさと強さがある。最後の音粒が消えゆく瞬間の儚さと気高さを慈しむように、演奏者も客席も耳を澄ます。一点一画ゆるがせにしない集中力によって構築された清らかで心地好い音の残像が細胞に沁み込む。

アンコールは2人のセッション。古市はテレキャスに、山口はグレッチに持ち替えて「満月の夕」。ソロのステージとはまったく違う音の海だ。打ち合わせもリハもほとんどしていないという2人のギターの会話は、どんどん激しくなっていく。

古市のリクエストだという「Tokyo City Hierarchy」は大都会に暮らす孤独と至福を水彩画のように描き出した曲だが、ギター2本が重なると厚みが変わって油絵のよう。互いの呼吸をぴったり感じ取りながら、立体的で深みのある色とカタチを織り成していく。

「それだけ」をR&Rに歌い上げた古市は、箍が外れたように一気にタイムトリップ。キース・リチャーズ、サンタナ、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル……と、70年代に青春を過ごしたギター少年なら誰もが真似したフレーズを次々に爪弾き、山口も負けずに応酬。
「高校生かよ! 俺、人前で弾いたの、初めてだよ」
「俺もだよ」
同時代をギターとともに生きた2人に会話の必要はなく、くっつきそうなほど寄せ合う2本のギターは坂道を駆け上り、夕焼けの空へとジャンプする。

古市のリクエストだという「Street Wise」を演奏する2人は客席が嫉妬するほど楽しそうで、R&Rの魔法と“HOMETOWN”の風景がたしかに宿っていた。

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