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山口洋、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らが鳴らし続ける希望の風景。福島、熊本を照らす音楽の光

山口洋、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らが鳴らし続ける希望の風景。福島、熊本を照らす音楽の光

続けてきて、ひとつだけ言えること。音楽は無力ではなかった

3日目、仲井戸“CHABO”麗市、そして細海魚を迎えての夜を、どう伝えればいいのか。

白いハットに白いシャツの山口は、最初の挨拶で、会場に映し出されている写真について触れる。相馬市で毎朝モニタリングポストの数値をウェブサイトに書き込んでいるMLIMMの仲間が撮った写真であることを。

「明日があるってことは、普通じゃないんだ。オリンピックとかにかき消されちゃいけないことがある。この活動を、CHABOさんやヤイコと続けてきて、ひとつだけ言えることがある。それは、音楽は無力ではなかった、ってこと」

この日は細海魚を呼び込んでトップバッターを務める。

細海の柔らかくたゆたうキーボードに守られて、山口の表情はやっと和らぎ、ひとりで立っているときとは違うリラックスした調子で「Tokyo City Hierarchy」〜「Blind Pilot 」〜「Hotel Existence」。ギターの音色はまるで宮澤賢治が言う“有機交流電燈”の光のようだ。

この世は生きるに値する宇宙 そして光さ
本当に大切なものは 何ひとつ 失われないさ

「Precious」のあとは、細海がアコーディオンに、山口がアイリッシュ・ブズーキに持ち替えて「荒野の風」。会場は本場のアイリッシュ・パブのように温かい空気に包まれる。

波音のSEを挟んで登場した仲井戸“CHABO”麗市は、一瞬で南青山MANDALAを自分の部屋にしてしまう。今年のMLIMMをこの場所に繋いだ彼が「会いたかった人」を歌い始めると、目の前に“潮の香りをふくんだ坂の上のあの白い家”が立ち上がる。続けて「サンドウィッチ」。

CHABOの歌は奥ゆかしい。私小説から自我を取り去ったような歌はとことん優しく、それぞれの存在の隙間に入り込む。孤独と調和。その一方で、ギターは時に荒々しく爪を立てる。流れに身を任せることを断固として拒否し、個を屹立させ、抗う。

「よォーこそ! 山口洋! 細海トオル!」と叫んで、自身がMLIMMの活動に関わるようになった経緯を呟く。

「俺みたいなノンポリの典型みたいなやつでも、あれだけのことが起こると自分でも何かできないかと思う」

そして、90歳で逝ったチャック・ベリーに敬意を表し、ストーンズのカバー・バージョンで「COME ON」。さらに、細海魚も好きだという英国のジョン・レンボーンとバート・ヤンシュのバンドの名を冠した「ペンタングル」。

幸せの価値って、いまどのくらい?
人生の値段って、結局いくらくらい?

突っかかるような骨ばったギターとともに歌う“名もなきささやかな俺たちの営み”。この大切な夜の選曲に、CHABOはどれほど心を砕いたのだろう。

5曲目は細海魚と著名な木版画家である細海の父・細海浩に敬意を表して、彼のミニ・アルバム『HOPE』に乗せてのポエトリー・リーディング。
「アグレッシヴで静粛なアルバム。日曜日の午前中か昼休みに聴いてる」 すべてが赦されるような細海のピアノに合わせて、あらゆるいのちに微笑む言葉を紡ぐ。

2016年の熊本地震以降始まったMLIMMラジオのことも「まず選曲がいい。彼の(山口の)誠意ある語りがいい」と紹介。他者への敬意と思いやりが人型になったようなCHABOの佇まいは、“あの日”を経て、さらに優しく強靭になったように思える。

「半分HEATWAVEとやっていいかな。人間的にも素晴らしい山口洋と細海魚!」と呼び込んで3人のセッション。R&Rに憧れてミュージシャンとして生き抜いてきた互いへの共感と信頼、リスペクトが熱く交錯し、息を飲む迫力だ。

ガッタガッタと腰を落としてかき鳴らす2人のギター、両手で激しく鍵盤をジャンプする細海のキーボード。「アメリカン フットボール」から「MR.SONGWRITER」へと、ぴったり合った息とヴァイブスで会場を大きな渦に巻き込んでいく。

「すみません、楽しいです。毎日ギフトをいただいているようで。トオルさん、感激のあまり泣いておりました」と山口。

「SEASON」で本編は終了、アンコールは4曲、最後は「満月の夕」。CHABOのギターは三線のような哀しみを湛え、絶妙の間合いを掴んで山口のギターに絡み、歌に寄り添う。個人を超えた音楽という存在だけがそこにあった。

正解よりも大切なのは「忘れず、考え続けること」だ、きっと

古市もそうだが、CHABOも山口とのつき合いはさほど長くない。言ってみれば、あの震災が彼らを出会わせたのだ。

2013年にCHABOと山口が奏でた「新・相馬盆唄」は、大切なものを守る戦士の果し合いのようだった。今年8月には〈RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO〉にMLIMMとして出演することが決まっている2人の間には、出会わなかった時間が嘘のように強い絆がはっきりと見える。

震災以降、古市が“緊急バンド”として出演し続けてきた〈緊急ナイト〉(売上の一部が東日本大震災およびその他災害の被災地復興への義援金として寄付される)に山口が出演したりと、“あきらめないギター少年”たちの闘いは続く。

私は観られなかったが、少年・山口が憧憬した池畑潤二とのセッションの日はノーリハーサルの本番対決、まさに“巌流島”で、山口は指先から流血していたと聞く。矢井田瞳との夜は、山口のギターはストイックに矢井田の歌を支える包容力のある演奏に変わり、矢井田瞳と大宮エリーの最終日は、太陽の正直さと明るさに満ちていたという。

一人ひとりが、自分に何ができるか、を考え、あの場に立ち、客席の一人ひとりに想いを送った。そこに描かれたのは、“希望の風景”だ。音楽、映画、演劇、文学、絵画……。アーティストと呼ばれる人の存在意義は、経済活動を離れて、人間の最良の部分を伝え継ぎ、人間であることの希望を紡ぐことにあるのだから。

冒頭で紹介した詩人・斎藤貢さんは「チェルノブイリの祈り」等の作品で2015年ノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチさんが福島を訪れた際、彼女の案内役を務めた。言葉がわからなくてもその詩を朗読してほしいと彼女は願い、彼は淡々と朗読したという。

MLIMMは、虚飾の舌が蔓延する社会で、本当の希望を歌うひとつの小さな試みかもしれない。けれど、アレクシエーヴィッチさんの言葉を借りれば「希望は小さき者たちの声にこそあり、私たちはその声に耳を傾けなければいけない」。

東日本大震災は過去ではない。いまなお、傷口から血を流し続けている人が、毎朝絶望の淵から目覚める人が、人生の選択を迫られ悩み苦しんでいる人が、何万人もいて、その一人ひとりが一日一日を生きている。

個を貫くこと。他者を想うこと。心で繋がること。希望を見出し続けること。

どれも難しいし、どこにも正解はない。
でも、正解よりも大切なのは「忘れず、考え続けること」だ、きっと。
オリオンへと辿り着くことはできなくても、その光に向かって進むことはできるのだから。

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山口洋

1963年、福岡県生まれ。1979年に結成した“HEATWAVE”のフロントマン。1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表のアルバム『1995』には、阪神・淡路大震災後に作られた「満月の夕」が収録され、多くのミュージシャン、幅広い世代に歌い継がれている。2003年より渡辺圭一(bass)、細海魚(keyboard)、池畑潤二(drums)と新生“HEATWAVE”の活動を開始。2017年5月にはアルバム『CARPE DIEM』をリリース。7月12日からは全曲リクエストによる〈solo acoustic tour 2017『YOUR SONG』〉をスタートする。
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古市コータロー

1964年、東京都生まれ。結成30周年を迎えた“ザ・コレクターズ”のギタリスト。“KOTARO AND THE BIZARRE MEN(コータロー&ザ・ビザールメン)”や、浅田信一とのユニット“ANALOG MONKEYS”などでも活動。ソロ活動も展開している。2017年現在、新作『Roll Up The Collectors』を携えて、全国32ヵ所を回るツアー〈THE COLLECTORS 30th Anniversary TOUR〜Roll Up The Collectors〉の真最中。3月の初の日本武道館公演の模様を収めた『THE COLLECTORS live at BUDOKAN“MARCH OF THE MODS”30th anniversary 1 mar 2017』が発売中。
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池畑潤二

福岡県生まれ。1980年、伝説のバンドとなる“ルースターズ”のドラマーとしてデビュー。1983年に脱退後、布袋寅泰、吉川晃司、石橋凌、花田裕之、浅井健一、UA、椎名林檎ら多くのミュージシャンの絶大な信頼を受け、レコーディングやライブをサポート。2002年、山口洋、渡辺圭一、池畑の3人で演奏したのがきっかけとなり、2003年、現メンバーでの“HEATWAVE”が始動。山口曰く、HEATWAVEの“魂柱”的な存在。花田裕之、下山淳と共に“ROCK’N’ ROLL GYPSIES”でも活動中。
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仲井戸“CHABO”麗市

1950年、東京都生まれ。1970年、“古井戸”としてデビュー。1975年からは“RCサクセション”の活動も並行して行い、1979年の古井戸解散後、RCサクセションのギタリストとして活躍。1985年に初のソロ・アルバム『THE仲井戸麗市BOOK』を発表。1990年、RCサクセションの無期限休養状態を経て、翌年に“The Street Sliders”のギタリストである土屋公平と“麗蘭”を結成。2017年夏は〈RISING SUN ROCK FESTIVALL in EZO〉に“MLIMM”として山口洋、宮沢和史と参加。“67th Birthday LIVE”として、10月9日に日比谷野外大音楽堂にて〈雨上がりの夜空に2017〉を開催する。
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細海魚

北海道生まれ。1992年、『陽はまた昇る』のレコーディングをきっかけに、キーボーディストとして“HEATWAVE”に参加。2002年にはダコタ・インディアンのアクティビストであるトム・ラブランク、山口洋とアルバム『Eagle Talk』を制作。“SION with THE MOGAMI”の一員でもあり、ほかにも多くのレコーディングやライブサポートで活躍中。“Neina、Maju(繭)”、“SARO”など自身の活動ユニットを持ち、海外でもアルバムをリリースしている。2008年、“細海魚”名義でアルバム『open silence』を発表。
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矢井田瞳

1978年、大阪府生まれ。2000年7月に「B’coz I Love You」でメジャー・デビュー。同年10月にリリースした「my sweet darlin’」が大ヒットし、1stアルバム『daiya-monde』はミリオン・セールスを記録。翌年、“YAIKO”名義で全英クラブ・ツアー〈UK LIVE TOUR〉を開催、年末には大阪ドームでカウントダウン・ライブを行うなど精力的に活動。2009年、出産による事実上の活動休止を経て2010年活動再開。2017年には〈夏の元気祭り2017〉と題し、“ナニワの日”=7月28日に大阪なんばHatch、“ヤイコの日”=8月15日にZepp DiverCity TOKYOにてスペシャルライブを開催する。
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大宮エリー

1975年、大阪府生まれ。作家、脚本家、映画監督、演出家、CMディレクター、CMプランナーと多岐にわたって活躍。広告代理店勤務を経て、2006年に独立。同年、映画『海でのはなし。』で映画監督デビュー。脚本や演出で手がけたテレビ番組は『サラリーマンNEO』(NHK)、『the波乗りレストラン』(NTV)、『三毛猫ホームズの推理』(NTV)等多数。主な著書に『生きるコント』(文春文庫刊)、『思いを伝えるということ』(文春文庫刊)、『なんとか生きてますッ』(毎日新聞社刊)がある。ミュージックビデオや作詞、ライブ演出、DVD映像ディレクターを手がけるなど、ミュージシャンからの信頼も厚い。
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