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『傷物語』で再検証する メガヒットアニメ〈物語〉シリーズの魅力とは

『傷物語』で再検証する メガヒットアニメ〈物語〉シリーズの魅力とは

鬼才・尾石達也が劇場映画という
フォーマットで描く新たな〈物語〉

ただし、もちろん“そのまま”ではない。劇場版で監督を務めたのは、『化物語』でシリーズディレクターを務めた尾石達也。アニメ〈物語〉シリーズの演出的特徴とも言えるタイポグラフィの多用や、細かく大胆なカット割り、唐突な写真挿入などの仕掛け人と言われている“鬼才”だ。

劇場版のアニメ作品というと、単純に絵や動きのクオリティアップが分かりやすいところだが、『傷物語』では、こうした“尾石イズム”もパワーアップ。ただ“美しい”、ただ“動く”とは大きく次元の異なる、独特の映像美・世界観を満喫することができる。

例えば背景美術。『化物語』を観た人なら分かるだろうが、このシリーズでは背景や小道具をとことん簡略化した無機質な幾何学的なデザインで描いている。これはアニメの特徴の1つである「記号性」を極限まで強調した意図的なものだと思われる。対して『傷物語』では、こうした演出を緻密な3DCGを駆使して行なうなどにより、これまでのシリーズとは異なる印象を作品に付加している。

背景や舞台を記号化することによって(背景から過度な情報が間引かれ)、その上で動くキャラをより肉感的に強調できることが、この演出最大のメリットではないだろうか。吸血鬼vsヴァンパイア・ハンターのバトルシーンはもちろんのこと、ヒロインの胸が揺れるサービスシーンなどでもこうした演出は活躍している。

ほか、直線を多用し、色味の少ない乾いた背景は、登場人物それぞれが抱える“傷”の強調にも一役買っていると言えるだろう。アニメ〈物語〉シリーズでは、背景美術もまた、隠れた主役なのだ。

絵的にはシンプルだが、檻のような鉄柵や、全体を覆う砂漠のような砂場など、特徴的な背景美術 【TVアニメ『化物語』より】

また、〈物語〉シリーズでは、あらゆる舞台を、現実から乖離したような非現実的なセットとしている。三部作通しての舞台となる学習塾跡が山梨文化会館をモデルにしていたり、暦がキスショットと出会う地下鉄のホームが実際の地下鉄の駅をモデルにしていたりするのだが、学習塾を不自然なほど大量な工事用の足場で囲むなど、とにかく非現実性を強調している。

『傷物語』学習塾跡。建物中央を貫く大樹や周辺の足場など、実際の建築物をモデルにしつつ「ありえない」舞台セットを構築している。【『傷物語〈I鉄血篇〉』より】

この狙いはおそらく、虚構性の強調。映像作品(これはアニメに限らない)では、視聴者が作品に没入することを是としており、そのためにリアルであること、自然であることを追求する作品も多いが、本作ではそれをあえて逆手に取り、視聴者の違和感をかき立て、緊張感を持続させることを目論んだのではないだろうか(カットが細かく切られているのも、そうした理由からか)。

……と、背景だけで、驚く程の工夫が盛りこまれている『傷物語』。リアリティの追求、自然であることの追求の行き着く先には“究極の映像=現実の模倣”しかない。しかし、アニメという表現手法は、現実などという狭い檻に閉じ込められられるものではないはず。『傷物語』では、そうしたアニメの可能性、その開拓に取り組むクリエイターたちの最前線での戦いを目で観て感じることができるのだ。

蓄積が「深み」を生み出した
〈物語〉を彩るキャラたち

そして〈物語〉シリーズと言えば、魅力的なキャラのことを語らないわけにはいかない。〈物語〉シリーズに限らず多くの西尾作品には個性的な人物が登場するのだが、その魅力がアニメ化によってより一層強調されているのだ。

もちろん、彼らに命を吹き込んだ声優陣はTVアニメから続投。既に10年近く演じ続けてきているだけあり、その息使いまでもが自然なものとなっている。実際、主演声優・神谷浩史は、〈I鉄血篇〉BD特典ブックレット収録特別対談において、TVシリーズの最新作『終物語』まで演じた後に『傷物語』を演じたからこそ、演技の裏付けを取れた状態でスタート地点に立てたと語っている。

この点で特に注目したいのが、本作もう1人の主人公である吸血鬼、キスショット役を演じた坂本真綾。8歳の頃からアニメや洋画吹き替えなどで活躍し、舞台女優、歌手としても活動している彼女が、その巧みな演技力によって幼女から大人の女性まで、段階を追って姿を変えていくキスショットを見事に演じ抜いている。これはTVシリーズでも見られなかった『傷物語』だけの観どころ(聴きどころ?)。〈II熱血篇〉BD特典ブックレット収録のインタビューによると、特に12歳時のキスショットの演技には苦労したそう。これはぜひ、ヘッドフォンで吐息も逃さず聴き惚れてもらいたい。

12歳のキスショット 【『傷物語〈II熱血篇〉』より】

そしてその上で『傷物語』では、キャラのビジュアル面をTV版から変更。主人公・暦が、凜々しくなっているほか、髪の毛はより細かく、衣装もラフな感じ(袖や裾をダボっとさせることで、身体の動きを大きく見せる)に改変している。

『傷物語』における阿良々木暦(奥はキスショット完全体バージョン) 【『傷物語〈III冷血篇〉』より】

『傷物語』のメインキャラクターの一人である、「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」という決め台詞を有する超絶完璧系ヒロイン・羽川翼もより魅力的に。ころころ変わる表情や、人気声優・堀江由衣によるツボをおさえた名演技によって、全体的に暗く、重い雰囲気に包まれている本作をラブコメディ的に盛り上げてくれている。もちろん、シリーズでおなじみのサービスシーンにも一切の妥協がない。

三つ編みの本数以外、パッと見同じように見える『化物語』の羽川(上)と、『傷物語』の羽川(下)。最大の違いはバストサイズで、これは尾石達也監督たっての要望だそう

三つ編みの本数以外、パッと見同じように見える『化物語』の羽川(上)と、『傷物語』の羽川(下)。最大の違いはバストサイズで、これは尾石達也監督たっての要望だそう

わずかに表情の付け方をリアルにしたという『傷物語』の羽川翼 (上)【『傷物語〈II熱血篇〉』より】 (下)【『傷物語〈III冷血篇〉』より】

なお、本作は阿良々木暦が、後の交際相手となる超絶毒舌系ヒロイン・戦場ヶ原ひたぎと出会う前のエピソードのため、残念ながら彼女は登場しない。ただし、本作を観ることによって、TVシリーズでは明確に描かれなかった、「なぜ阿良々木暦は羽川翼を選ばなかったのか?」というファンの間で議論になることの多い“謎”について、大きな気付きがあるはず。そういう意味では、「ひたぎが出ないなら観なくても……」なんて思ってるひたぎ派にとっても必見の内容となっている。

シリーズを通して大きな存在感を放ち続けるバランサー・忍野メメ(CV:櫻井孝宏)も大活躍。メメと暦の出会いや、風来坊の彼が町に留まることになった理由が明らかになるなど、前日譚ならではの種明かしも充実している。

『猫物語[白]』でアニメ初登場となったヴァンパイア・ハンター エピソード(CV:入野自由)。彼の素性も明らかになる 【『傷物語〈II熱血篇〉』より】 

謎解き派、キャラ萌え派から、映像研究派まで、あらゆる楽しみ方を受け入れてくれる懐の広い作品に仕上がっている『傷物語』三部作。まだ観ていないという人はもちろん、劇場で観たという人も、これを機に改めてBD/DVDで再視聴してみてほしい。きっと新しい発見があるはずだ。また、シリーズ時系列最初の話ゆえ、TVシリーズを観ていなくとも十二分に楽しめる構成となっている。映画「スターウォーズ」シリーズを新三部作から時系列順に観ていくような感じでも視聴できるので、ここから〈物語〉シリーズに入門するというのも大アリだろう。

作品情報

傷物語〈III冷血篇〉
2017年7月12日(水)発売

【完全生産限定版】
Blu-ray:7,800円+税
【通常版Blu-ray/DVD 同時発売】
Blu-ray通常:5,800円+税
DVD通常:4,800円+税
時間:82分

傷物語〈II熱血篇〉

【完全生産限定版】
Blu-ray:7,800円+税
【通常版Blu-ray/DVD】
Blu-ray通常:5,800円+税
DVD通常:4,800円+税
時間:68分

傷物語〈I鉄血篇〉

【完全生産限定版】
Blu-ray:7,800円+税
【通常版Blu-ray/DVD 同時発売】
Blu-ray通常:5,800円+税
DVD通常:4,800円+税
時間:64分


原作小説『傷物語』

著者:西尾維新
Illustration:VOFAN
出版社:講談社

©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

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