黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 6

Interview

乙女ゲーム生みの親 襟川惠子氏(中)大反対?夫シブサワ・コウとの結婚

乙女ゲーム生みの親 襟川惠子氏(中)大反対?夫シブサワ・コウとの結婚

仕事も遊びもやるときは徹底的

学生時代からすごくアグレッシブだったんですね。

襟川恵子 はい、よく遊びました。デザインの教授が徹底的に遊べと。遊んで感覚を磨かないと良い作品が出来ないと、お墨付きをもらいました。新宿、赤坂、六本木、青山で楽しい時を過ごし、スキーに行ったり、海の合宿に行ったりとかね。クロッキー部の人たちとみんなで合宿に行ったときは、場所がお寺だったのでカーテンで部屋の真ん中を仕切って向こう側が男性、こっち側が女性って。それで、夜はみんなで料理を作って食べたりとか。

すごくいい時代を過ごされたんですね。

襟川恵子 最高の時代でしたね。海外に遊びに行ったりもしました。祖父がアメリカやヨーロッパに視察に行っていて、「井の中の蛙になるから海外に行かなきゃダメだ」といつも言っていたので、女性友達とヨーロッパに2週間くらい行くことにしたんです。襟川にヨーロッパに行くと言ったら、どうしたことか全然関係ないはずの彼が、ヨーロッパ旅行のすごくいいのを見つけてきたって、45日間かけてヨーロッパを一周する「英語とヨーロッパの旅」というのでした。襟川は友人と「アメリカ横断の旅」に行くと言っていたんですが・・・。期間が長いので「ああ、それもいいな」と思って、そちらのほうに行くことにしました。でも英語の勉強なんかしたくないので、そこのところは何とか抜け出そうと画策していました。

ヨーロッパ旅行集合写真

 

45日間ですか。それは良かったでしょうね。

襟川恵子 ホンッットに素晴らしくて! かけがえのない生涯の思い出になりました。そのときご一緒した方たちとは、ずっとお付き合いさせていただいていて、今でも4年に1回集まっています。

そんなにすごかったですか。

襟川恵子 感受性が強い時期でしたので、もう想像を絶する世界でしたね。
慶應大学の主催で、私は年上でしたから団長格になりました。ルーブル美術館に行くとなったら、私は美大の学生でしたから慶應の教授に「ルーブルの絵の見方を教えてやってほしい」とか言われ、講義したりしました。若いから何でも面白くて、オプショナルツアーでムーランルージュやリドのショーも見ました。イギリスでは英語の授業を二週間ほど受けたのですが、せっかくヨーロッパに来たのに何で教室なんかで勉強するのか、時間がもったいない!と友人5名とイギリスの英語の授業を抜け出しました。
ビクトリアステーションから夜行列車でエディンバラへ行き、目覚めたときのエディンバラの荘厳な景色には心を打たれました。スコットランドですから英語のなまりが強くてさっぱり分からず、アドベンチャーゲームのような珍道中でしたね。
祖父にいろいろ買い物を頼まれたことも覚えています。マロングラッセを買ってこいだとか、モーゼルのトウェンティワンを買ってこいとか。「トウェンティワンって何?」って聞いたら、1921年ものの白ワインのことで、そんなもの探したってあるわけないじゃないですか。
他にもウイスキーが好きだから、ジョニーウォーカーを買ってこいとかね(笑)。

多分、1ドル365円くらいの時代だと思うんですけど。その時代にそれだけヨーロッパを長期旅行された方というのはすごく少ないと思いますよ。

襟川恵子 一緒に行った方たちも、行かせてくれた親に感謝すると言っていました。今の自分が子供に言われてあれだけのお金をかけて海外に行かせてあげられるだろうかって。ついこの間もそんな話をしていました。でも、私はそんな感覚はなかったですね。お小遣いをいっぱい貯めてありましたから(笑)。それに、「ヨーロッパに行く」って言ったら、また親戚たちから、たっぷり過ぎる旅行代金以上のお餞別をもらいましたので(大笑)。

夫・襟川陽一との出会い

レベルが違いすぎると言いますか、すごすぎですね。襟川陽一さんとの出会いについて聞かせてもらえますか。

襟川恵子 日吉の家は広くて、たくさん部屋があったので上の階を下宿にしようということになったんです。親戚の人から部屋を貸してやってほしいと頼まれまして。時期外れでどこも空き部屋がなかったそうなんです。何とかならないか、ということで、やって来たのが襟川だったんですよ。

運命ですね~。

襟川恵子 彼にはバイトもよく世話しましたが、とんでもなかったんですよ。
私がテレビ局の作画のアルバイトをしていた関係で、私の描いた絵を一枚ずつめくってお話が進む番組(注5)があり、そこのバイトを襟川にやってもらいました。でも、隣のスタジオで歌番組の収録をやっていて、弘田三枝子さんとか青江三奈さんとか小川ローザさんたち、当時のスターが出ていると、襟川は仕事そっちのけで隣の収録を見に行っちゃって。秘読みが始まっても絵をめくる係がいない、なんてもこともありました。ずいぶん高いバイト代を払ってあげていたのに(笑)。

注5)「テレ朝 おはなしひろば」

アハハハ、そんなことがあったんですか。

襟川恵子 そうですよ。それなのに襟川は「下宿屋の娘が2階から釣り糸を垂らしていて、それに引っかかってしまった」、「私と結婚しなかったら死ぬって言ったから人命救助婚だ」なんて、友達に言っているんですから。

ハハハハハハ。

襟川恵子 しかも、親戚や母はお婿様が良いと思っていたので、私が長男と仲良くなったら大変だと思ったのか、家を改築するからと襟川を追い出したんです。すると襟川は、いつも多摩美から帰ってくるのを家の前で車に乗って待つようになりました。毎日通ってくるから、母が「深草の少将」(注6)ってあだ名をつけたんですよ。だけど襟川は「人命救助婚だ」って言っているんです。さて、どっちが本当でしょう、なんて話を新入社員研修のときにしていたこともありましたね(笑)。皆、二人の馴れ初めを知りたいですから。

注6)小野小町に恋するあまり彼女の邸宅に毎晩通い続けたとされる伝承の人物。

かつて襟川陽一氏が下宿をしていた場所は、現在、関連会社の入居するオフィスビルとして日吉駅近くにある。

< 1 2 3 >
vol.5
vol.6
vol.7