モリコメンド 一本釣り  vol. 25

Column

iri “自分はもっと自由でいい”、そんなメッセージ気持ち良く響かせる声と先鋭的かつポップなサウンド

iri “自分はもっと自由でいい”、そんなメッセージ気持ち良く響かせる声と先鋭的かつポップなサウンド

iriのライブを初めて見たのは、今年の春、東京・赤坂BLITZで行われたUKのシンガーソングライター、コリーヌ・ベイリー・レイの来日公演だった。オープニングアクトとして彼女は“DJ×ボーカル”のスタイルで数曲を披露。ヒップホップ、エレクトロ、R&Bなどを織り交ぜたトラックとともに、豊かなメロディラインと強い意思を込めたリリックを堂々と響かせていた。海外アーティストのオープニングアクトはそれほど注目されないことが多いのだが、SNS上でも“iriは見たいアーティストだったから嬉しかった”というコメントが寄せられるなど、オーディエンスに対し、自らの存在感をしっかりと刻み込んでみせた。

神奈川県逗子市在住のiriは、1994年生まれのシンガーソングライター。幼少の頃から母親の影響でジャズ、クラシックなどに親しんできた彼女は、高校、大学の時期にアリシア・キーズ、七尾旅人といったアーティストに影響を受け、自宅にあった母親のアコースティックギターで曲作りを始めた。アルバイト先の老舗ジャズバーで弾き語りのライブをスタートさせた彼女は、2014年に雑誌「NYLON JAPAN」とSony Musicが共同で開催したオーディション「JAM」でグランプリを獲得し、ニューヨーク留学を経験する。世界の音楽が集まるニューヨークで受けた刺激が、彼女の楽曲の世界を大きく広げたことは想像に難くない。“アコギと歌”というミニマムなスタイルを軸にしながら、ヒップホップ、ソウルミュージック、ハウスミュージックなどを織り交ぜたiriのサウンドの基礎は、ニューヨークで形作られたと言っていいだろう。
 
2016年10月にアルバム「Groove it」でメジャーデビュー。リードトラック「rhythm」を初めて聴いたときのことは、いまもはっきりと覚えている。Yaffle(Tokyo Recordings)のよるヒップホップ・トラックのなかで彼女は、まさにグル—ヴィーとしか言いようがない、心地よい波を感じさせるフロウを描き出す。(おそらく)恋人との別れを経験した女性がイヤな気分を抱えつつも、“ブルーならブルーでそれでよくて/私は私のrhythmで”という決意を描いたリリックもきわめて魅力的。単なる前向きソングでもなければ失恋の痛みを強調するのでもなく、自分自身のなかの憂鬱を認めながら、ナチュラルに前に進もうとするこの曲の歌詞は、彼女ソングライティング・センスの高さを証明していると思う。アルバム「Groove it」はiTunes Storeでトップ10入り。ヒップホップ/ラップチャートで1位を獲得するなど、セールス面でも確実に実績を残した。

2017年3月には1stシングル「Watashi」をリリース。NikeWomen「わたしに驚け」キャンペーンソングとして制作されたこの曲は、アルバム「Groove it」にも参加したケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ)のトラックメイクによる、フューチャーハウス/トロピカルハウスのテイストを取り入れたナンバー。心地よいグルーヴを備えたメロディとフロウも進化しているのだが、さらに印象に残るのは“弾けて見せてよ your power/誰だってルールはないから”というフレーズに象徴される、強いメッセージ性を込めたリリックだ。“自分らしく生きていくことの大切さ”と言えば陳腐に聞こえるかもしれないが、高度な情報社会が実現し(誰が何をしているか、その気になればすぐにわかる)、常に他者の視線を気にせざるを得ない現代において、まわりの空気、流行といったものに左右され過ぎず、自分の価値観で生きることの意味は、これまでにないほど大きくなっている。iriはそのことを敏感にキャッチし、そのリアルな意志を削ることなく、誰もが楽しめるポップミュージックに転化しようと試みているのではないだろうか。

気鋭のトラックメイカー、クリエイターとのセッションを重ねながら、先鋭的かつポップなサウンドを生み出し、そのなかで社会的なメッセージを含んだリリックを気持ち良く響かせる。iriが志向する音楽的なスタイルは、“ギタ女”と総称される既存の女性シンガーソングライターと一線を画し、むしろビョーク、ロード、コリーヌ・ベイリー・レイといった海外のアーティストとの親和性を感じる。ポップミュージックが時代の鏡であるとすれば、女性(男性もだけど)の生き方がようやく多様化してきたいま、iriが作り出す楽曲の意義はさらに大きくなっていくはず。“自分はもっと自由でいい”と感じ、既存の枠から飛び出す意志を獲得する——それが音楽がもたらすもっとも大きな効果であることを改めて実感させてくれるアーティストである。

文 / 森朋之

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