汚職、麻薬、ギャングの抗争…「正義と悪」とは!? 『ダ・フォース』発売記念、警察関係者やジャーナリストが裏社会の実情を語る

汚職、麻薬、ギャングの抗争…「正義と悪」とは!? 『ダ・フォース』発売記念、警察関係者やジャーナリストが裏社会の実情を語る

世界的ベストセラー作家ドン・ウィンズロウ最新作『ダ・フォース上・下』の発売を記念した座談会イベント「実録アンダーグラウンド座談会」が行われ、元千葉県警で35年間勤務し刑事部捜査第一課長もつとめた田野重徳、元厚生労働省麻薬取締部の捜査第一課長、捜査第二課長などを歴任した経歴を持つ高濱良次、ジャーナリストおよび銃器評論家として各方面で活躍中の津田哲也が登壇した。

本作は、リドリー・スコットの製作による映画化が決定し、スティーブン・キングも“ゴッドファーザーのような警察小説”と絶賛する警察小説。ニューヨーク市警の中でも麻薬や銃による犯罪を取り締まるエリート特捜部、通称"ダ・フォース"に所属する刑事デニー・マローンが、ある麻薬組織の手入れの際にとった行動をきっかけに転落の道をたどり始める様子が描かれている。

――まず、はじめに『ダ・フォース』の中で印象に残ったシーンをお伺いします。

田野 主人公のマローンがオデル(連邦捜査官)に声をかけられたシーンです。天から地に落ちるまさしくその場面。

高濱 マローンのような捜査官は実際にはいないだろうが、彼の行動や活躍ぶりには感銘を受ける部分があり、印象に残りましたね。

津田 主要な登場人物ではないがナスティ・アスという情報屋が登場しますが、彼のような情報屋は日本でも実際に存在し、S(エス)などの隠語で呼ばれ運用されています。情報屋の中には大物もいれば、5,000円程度のお金で動く小物もいます。ナスティは後者であり、マローンは彼を軽蔑していましたが、ナスティが事件に巻き込まれた事をきっかけに、転落していたマローンが目を覚ますことになった人物であり、印象に残りました。

――ちなみに「S(エス)」とは何の隠語なのですか。

津田 スパイのSとも言われていますが、語源は定かではありません。

高濱 私も実際にSと呼ばれる情報屋を使って麻薬や銃器の捜査をしていました。

――実際に渡される5,000円という金額が気になったのですが。

津田 捜査費から出るお金ですね。ただ、それが日本では過去に、架空の領収書を切らせて幹部の裏金として使われて問題になった事件もありました。

田野 確かに、昔は情報屋の使用について証明手段が無かったので裏金を作るために使われていたが、近年は情報屋の運用も組織化され管理されるようになりました。金額も情報の内容により1~2万円などに上げるようにして質も問うようになった。さらに昔は、情報屋に会うことは誰にも共有していなかったんですが、今は会う前後に署長に報告するようになりました。それは、ミイラとりがミイラにならないためにです。

――それは麻薬取締班でも同様ですか?

高濱 そうですね。しかし数人の情報屋を同時に抱えなければいけないので、捜査費だけでは賄えない部分もあり、自分の給料から負担する時もありましたよ。

津田 今では5,000円じゃどんな小物も喜びませんからね(笑)。

高濱 昔は喜んで貰う人もいたが、今は5,000円で「ありがとう」とはならない。万以上は渡さないと。

津田 ただ、情報屋としてはお金以上に自分の犯罪のお目こぼしが目当ての人が多いですね。また警察のSになるヤクザ者や薬物の密売人・乱用者などは、マスコミにも進んでネタを提供したがる習性や機会があります。そのため、私も何人かのSと接触してきました。警察のSだった母親のあとを継いで二代目のSになった男などもいましたが、彼らに共通した特徴は、とにかく信用できない人物だということです。

高濱 その通りで、情報屋は「金が欲しい」「逮捕された捜査官に協力したい」「敵対組織を潰したい」などいろいろな理由で協力してきます。でも、そこの身の振り方を一歩間違えれば警察官自身が逮捕されることになるんです。

――捜査官がハニートラップや色恋に落ちてしまうことはあるんですか?

高濱 優秀な捜査官が情報を集める時に使う人間に情が湧いてしまって、逆に捜査情報を入手されてしまうといったパターンです。事件関係者に落ちてしまうことが多いですね。

津田 ヤクザが自分の女をハニートラップに使い、警察官の弱みを掴んで自分たちの“犬”にすることもあります。

田野 関西に多いね(笑)。

――ほかにも皆さんのまわりで転落してしまった警察官のエピソードがあれば教えてください。

田野 覚せい剤で実刑になった者は、私がいた千葉県警を含め複数存在します。私の知る限り、覚せい剤で実刑を受けた先輩は、昔から業務実績は優秀でしたし、明るい人でしたよ。

高濱 事件関係者である若い女性の家に入り浸り、そのうち肉体関係を持ちはじめ、さらにその女性の所有する単車を無断で乗り回していた人がいました。仕事を遊びと捉えたようなタイプで、ある意味優秀な捜査官の一人ですね。また、日頃接触のある情報提供者から、確度が高く多量の薬物の押収を期待して相手に便宜を図ったり、手配中であるにもかかわらず接触を繰り返して情報提供者との緊密な関係を築き、相手から絶対的な信頼を勝ち得ようと努力して更なる密輸入事件等の情報を入手しようとする者もいますし、周りからは証拠隠滅や逃走ほう助と疑われるような行為をする捜査官もいます。絶対してはいけない捜査手法ですが、仕事熱心で、しかも優秀な捜査官ほど、このタイプが多いんです。

――優秀なあまり悪に染まってしまうというのは、部署は違ってもあるんですね。

津田 きっかけというか、そうなるべくしてなったと考えています。その人たちが元から悪党だったわけではなく、マローンと同様にいい警察官を志し、それぞれ自分なりの正義感を持っていたと思います。刑事が暴力団などと癒着する機会は多くあり、事件化されて逮捕されるケースは稀なだけで、汚職や不正が発覚して諭旨免職などのかたちで内々に処理されることはめずらしくないのです。

――『ダ・フォース』に登場する刑事たちは主人公のマローンを筆頭に口が悪く、作品中「クソ」という単語が数百回出てくるぐらいなのですが(笑)、日本の警察官だとどうなんでしょうか。皆さんは凄く穏やかで、とてもそういうことを言うように見えないのですが、いかがですか?

津田 いやぁ、ぶっちゃけて言うと皆、口悪いでしょ(笑)。

田野 取調室の中に入ったら丁寧な言葉を使えないし、凶悪事件を起こした犯人に「です、ます」口調で話しても自白しません。まして否認を続ける様であれば、怒鳴り声もあげますよ。

津田 都道府県によっても違います。わりと首都圏の方々は丁寧で上品だけど、関西の方々は特に口が悪い。幹部の人とお茶をしている時に下ネタの隠語を平気で言うので、恥ずかしくてしょうがなかったし、本当に口が悪いイメージがあります。

――情報屋や付き合う相手と心を通わせるため、そのような口調になるということですね。

津田 田野さんは捜査一課の出身ですから紳士的ですよ。口が悪いのは銃器薬物、組織犯罪を扱う方々です。ヤクザ者を扱う人は同類じゃなければ務まらない。ガラの悪くて危ない刑事ほど仕事ができるんです。『ダ・フォース』の中にも「DEA」という麻薬取締局が出てきますけど、それが高濱さんのいらっしゃった組織に当てはまる。麻薬取締官は全国に300人しかいない非常に少数の部署で、皆さんエリートです。そういった方々は染まりにくいですが、かたや銃器薬物などを扱う警察の方々の中には落ちこぼれのような人も多く、実際に悪事に染まっている人を知っています。

津田 拳銃の捜査なんかは、悪い人にお金を払って買ったりしますが、それにはある程度の関係値が必要です。エリートは苦労して上り詰めているのでその様なリスクのある事はしませんが、落ちこぼれの人は元々考え方がヤクザに近く、すぐに染まってしまう傾向にあります。正義と悪の判別がつかなくなるのは、成績を上げるとヒーローになれて、上司に褒めてもらえるから。

高濱 20年麻薬取締官を務めましたが、ヤクザや極道が捜査対象でした。なめられると逆にやられてしまうので、今は上品に振る舞っているけど当時は厳しく捜査をしていましたよ。そうする事によって、悪い人たちの間で口コミが広がり、名前を言っただけで相手をけん制することができます。作中にマローンが部下に「犯罪者を殴らないとこっちがやられるから殴れ」という描写がありますが、まったくその通りで、我々は暴力をふるう事は無いが、違うかたちで極道などを相当いじめ抜きましたね。それで街でも対等に会話ができるようになりました。

津田 麻取(麻薬取締班)の方々がエリートなのは、雰囲気というか、においでわかります。取材をさせていただいて麻薬取締官の事務所を訪れた際に、いかにもチンピラのような恰好をしていましたが上品感が残っていて、とてもヤクザには見えなかった(笑)。

高濱 格好も性格も言葉使いも、ヤクザに近くなろうとしていました。

――本書の冒頭では実際の殉職警官の名前が記載されています。日本で警官が殉職することはあまりないと聞きますが。

津田 ほぼないですね。

田野 県警単位でいえば1年にゼロの年もありますが、10年に1人は犯人に殺されています。

津田 作品の中では麻薬や組織犯罪に巻き込まれて殉職する警官が描かれていますが、日本で実際に起こる殉職の原因は違います。

――具体的にはどういったことが原因なのでしょうか?

田野 逮捕しに行ったら、包丁で刺されてしまったりするんです。

――その田野さんも現役の時、ギリギリの経験をしたと伺ったのですが。

田野 30代前半の頃、ヤクザの組長がアパートの建物内に立てこもって、地元署の課長がドア越しに2発拳銃で撃たれて負傷した事件が起きた時です。当時、機動捜査隊というチームに在籍しており、応援派遣に向かいました。暗くなり始めてベランダに張り付いて待機していたら、「ベランダの方に行ったぞ」という声がしたと同時に頭が真っ白になり、誰かが飛び出してきて銃声がしたんです。結局、組長が自分の頭を撃ち抜いていました。訓練では取り押さえる練習を毎年していたんですが、実際にあの暗闇の中で拳銃がどこを向いているか分からないまま、恐怖を感じず向かっていける者はいないと思います。恐怖のあまり、あの瞬間が5分だったのか1時間だったのか全く思い出せません。ちなみにその日は、私の誕生日でした(笑)。

高濱 私も40才頃に、武闘派の暴力団の事務所にガサ入れをしに行った時は、実際に自分も拳銃と防弾チョッキを身に付けて向かいました。夕日を見ながら「ひょっとしたら今日は棺桶に入って帰ることになるかもしれない」と思ったんです。結局、その日相手は拳銃を持っていませんでしたが、やはり相手が拳銃を持っている情報があると捜査官たちはピリピリしているので、拳銃を向けられて発砲してしまう気持ちは分かるかもしれません。

――日本の警察官の年収をお聞きしてもよろしいですか?

津田 多いと聞きますよ。40代巡査部長で950~1,000万くらいと伺ったことがあります。

田野 いやぁ、私はそんなもらったことないけどね。

高濱 私は特殊な職業で危険と隣り合わせだったので、基本給とは別に危険手当をもらっていました。具体的な金額は言えないけど(笑)。

津田 今、日本の警察官は待遇が良いと思いますよ。

高濱 悪いことをするのは給料が低いのが原因で、給料を上げればそのような行為が減ると考えられていたので、今は上がっていると思いますよ。

津田 それに今は就職難だったり、公務員の安定を求めて警察官を目指す人も多いですよ。

田野 福利厚生が良いからね。

――日本の警察の中でどの部署が最も仕事がハードなのでしょうか。

高濱 麻薬取締官の場合、情報収集、内偵捜査、取調べ、さらには裏付け等、捜査全般については暴力団員とか覚せい剤密売者や中毒者などが相手なので、サラリーマンとは違って、活動時間を彼らの活動に合わせなければいけないから、どうしても昼過ぎ頃から夜中、場合によっては翌朝になる事もあります。とにかく長時間拘束される労働が続くので、生活費を稼ぐための手段ではなく、治安を守るという社会正義の完遂の為にエネルギーを費やすという、縁の下の力持ちのような一面が多分にありますね。

津田 どこも甲乙つけがたいですが、ダ・フォースのようなバイオレンスな捜査手法を取る部署でいえば、暴力犯担当であることは間違いありません。

――残業手当は出るんですか?

田野 出ますね。深夜の張り込みなども出ます。ただ、過労死で亡くなった人もいたので残業も少なくなりました。

――「働き方改革」が世間で叫ばれていますが、警察も影響を受けているのでしょうか?

高濱 そこははっきりと影響を受けています。待遇がいいですもん。

田野 待遇が良いからという気持ちで入ってくる人間が増えているので、捜査力や日本警察の正義感も落ちてしまっているとは思います。

高濱 サラリーマン化していますね。取り調べも下手だし、捜査も下手。

津田 逆に、職人気質の昔の方が警察の腐敗は酷かったように思います。サラリーマン化した方が管理されているので不祥事が減っていますね。

――本書の中でも、仕事上の仲間や対立相手として、女性の活躍が描かれているのはわずかですが、日本の警察社会での女性の活躍はどのような状況なのでしょうか

田野 女性警察官の職域拡大という施策が10年以上前から行われています。女性幹部(警部以上)や刑事課での女性の割合を増やすなどです。個人的にこの施策については反対なのですが、女性の特性を活かした活動、例えば女性被疑者への取り調べ等では活躍が見込めると思います。

高濱 麻薬取締官には、女性だけの捜査班なるものが作られたんですが、今日の世情を反映していると思います。私が20~30代の頃には、鑑定官や庶務には女性がいたけど捜査部門にはいなかった。その後、男女雇用機会均等法や人権問題が大きくなるにつれ、女性被疑者に対する取扱いも厳しくなり、その結果女性捜査官も年々増加して、その行動範囲も高まりました。具体的には、捜索現場での女性被疑者の身体検査から始まり、女性被疑者からの採尿現場で、被疑者が尿の代わりに水を混入しないかとか自殺を図らないかなど女性被疑者に対する厳重な監視を要求されます。更には留置する際に、違法かつ危険な物、例えば注射器とかナイフを隠していないかボディチェックする等の業務があります。

津田 日本の警察では、欧米に比べて女性警察官の割合は低く、近年では男女共同参画の流れや女性を被害者とする事件への対応の必要性などから、警察庁の方針によって女性警察官の採用・登用が積極的に推進されてきました。その結果、20年ほど前に比べれば倍ほどになったものの、それでも全警察官の1割弱です。

【STORY】
麻薬や銃による犯罪を取り締まるマンハッタン・ノース特捜部、通称"ダ・フォース"。ニューヨーク市警3万8千人の中でも最もタフで最も優秀で最も悪辣な警官たちを率いるデニー・マローンは市民のヒーローであり、この街を統べる刑事の王だった。だが、ドミニカ人麻薬組織の手入れの際におこなったある行動をきっかけに、栄光を約束されたマローンの人生は、転落の道をたどりはじめる……。

ダ・フォースの中にネズミ――裏切り者――がいる。
FBIが汚職警官を極秘裏に捜査するなか、1人の刑事が拳銃自殺を遂げた。
仲間内に衝撃と疑心暗鬼が広がる一方、街場ではラテン系、黒人ギャング、マフィア新旧入り乱れる権力抗争が激化していた。複雑に絡み合う悪に追いつめられていく刑事マローン。やがて哀哭の街で男たちを待ち受ける血みどろの結末とは?圧倒的熱量を放つ渾身の警察小説。
警察への緻密な取材をもとに書かれたといわれる本作には、執筆中に殉職した警官(168人)への献辞が冒頭に掲載されており、ニューヨークの裏社会の存在もうかがえる。

書籍情報

『ダ・フォース上・下』
発売中

ドン・ウィンズロウ(著)/田口俊樹(訳)
上巻・下巻各1,050円(税込)
出版社:ハーパーコリンズ・ ジャパン

オフィシャルサイト
http://www.harpercollins.co.jp/

『ダ・フォース上』

『ダ・フォース下』